「お忙しいところ、お呼びしてすみません」かよさんはそう言いながら僕にコーヒーを持ってきてくれました。
僕がかよさんに呼び出されたのは渋谷にあるカフェテラス。　この近くには彼女が所属するモデル事務所があるそうです。　今日はオーディションの結果発表の日でした。　僕とかよさんは大学の演劇サークルで知り合いました。
僕には脚本家になるという夢があります。　それで、どうしてもこの大学の演劇部に入りたくて、四浪もしてしまいました。　実際に入部してみると人間関係は複雑でややこしいことばかり。
その上、22歳の一年生なんて、周囲にとっては煙たい存在です。　しかも、積極的に人の輪に入っていけない僕はあっという間に部から浮いてしまいました。　そんな僕を救ってくれたのがかよさんでした。
かよさんは高校生の頃から人気ファッション誌の読者モデルをしているとかで、大学でもちょっとした有名人でした。
いつも明るく笑っていて、人への対応がとてもフラットなので男女を問わず人気があります。
人間としての器が大きいというか、彼女の側にいると知らないうちに和んでしまうのです。
まだ若いけれど、精神的に自立した女性であることは間違いありません。　サークルで僕が彼女に助けられたというのも、意識してやってくれたことではないのです。　部内の人に敬遠されていた僕にさりげなく会話を振ってくれたり、イベントにも誘ってくれたり、そんなきっかけを作ってくれただけです。
でも、三年生の彼女がそうやってくれたので、次第に僕も周囲に馴染むことができました。
かよさんは年下の先輩という微妙な関係なのですが、僕にとっては憧れの女性なのです。
今日はそんな彼女に相談に乗って欲しいと頼まれた訳ですが…　「私、また落ちちゃいました」　かよさんは苦笑いしながらそう言いました。　こんなに可愛くて魅力的な子でもオーディションに落ちることがあるのかと驚きました。
しかし、実はここ半年ほど仕事が不調で同じ事務所の子にも大きく差をつけられていたそうです。
頑張っても頑張っても結果が出なくて、すっかり落ち込んでいたとか。　身長がそれほど高くないかよさんは不利な条件で戦わざる得ないのです。　人前では暗い顔を見せないように意識していたものの、彼の前でつい愚痴ってしまい、それがきっかけで大喧嘩になって今でも連絡を取っていないのだと言っていました。　「彼は今のままの読者モデルでいいじゃない」と言います。　でも、私は本当のモデルになりたいから…
やりたいことがたくさんあるんです…　そう呟くかよさんは泣きそうな顔をしていました。
今まで努力してここまで来た彼女がオーディションに落ち続けて悔しくない訳ないんです。
「もう少し頑張ります。でも、今だけは……心弱くなっている私を嫌わないでくれますか……？」
そう言って、彼女は僕の家にやってきました…